創立者読書提言

「活字文化復興」や「読書」について、創立者池田大作先生が地方新聞等に寄稿された文(抜粋)をご紹介します。

2009.2.17 聖教新聞 長編詩『我らは戦う!人権と平和と幸福のために−忘れ得ぬ 戦時の青春』

肺病の私は本を読むのが好きであった。いな本だけが楽しみであった。「良書を読むのは良い人との交わりに似ている」とはアメリカ・ルネサンスの旗手エマソンの言葉である。「良書は最良の大学のかわりをする」この哲人エマソンの確信をオーストリアの作家ツヴァイクは若き日の向学の指針とした。

私が夜遅くまで読書をしていると母からは「身体に悪いよ」といつも心配された。父からも―兄たちは戦争からいつ帰ってくるか わからぬ。おまえだけは健康に―と静かに本を閉じる仕草をされた。疎開先の西馬込から詩情豊かな森ケ崎海岸の近くの家へ移ったのは終戦の直後であった。この家はもともと父の持ち家で人に貸していたのである。長く二組の知人が父の配慮で入っていた。そこが焼け残っていたのだ。やがて この方々も深く感謝しながら他の家に移って行かれた。父も母もほっとしたようだった。私もほっとした。二所帯分の大きい家である。父は私にもわりあい広い部屋を使わせてくれた。今でも感謝している。

戦時中防空壕に入れて守った多くの本なども どんどんその部屋へ置くようにした。一冊また一冊宝の如く集めた蔵書を私は後に創価大学へ寄贈した。これが七万冊の池田文庫である。正しき活字文化を興隆させゆくことは野蛮な暴力に打ち勝つ道であると私は信じてきた。

当時 どの本から見つけたかある英知の言葉があった。「波浪は障害にあうごとにその頑固の度を増す」さらにまたある賢人の言には「艱難に勝る教育なし」いずれもわが青春の座右の銘と決めた。私は私の部屋にこの言葉を書いて飾った。この忘れ得ぬ読書も終戦の年十七歳の時であったと記憶する。青春時代の思い出はあまりにも懐かしく蘇る

 

 

2008.3.16 千葉日報

・若き日に、「青春の一書」と呼べる良書に出合えた人生は幸せである。

・薄給をやりくりして蓄えた小遣いを持って、神田の古本屋街に飛んでいき、望みの本を見つけては、はやる心を抑えて家路を急いだ。寝る間も惜しんで、一ページ、また一ページと噛みしめるように読み進め、感銘する言葉を見つけるたびに、ワラ半紙の雑記張に書き写したことを、懐かしく思い出す。

・先人たちとの心の対話は、計り知れない魂の滋養となった。今、私は、その恩返しの思いを込めて、折々に、青年たちと良書を通して語り合っている。

・名著を通し、先哲が遺してくれた精神の宝の遺産を受け継ぐことができる。そこには、いかなる試練にも立ち向かう勇気が漲る。そして、あらゆる苦難に打ち勝つ智慧と力が湧いてくる。

・活字文化は、人間生命の尊厳を象徴する営みだ。だからこそ、良書を厳然と護り伝える決心と、良書を新たに生み育てゆく努力が不可欠であろう。

・「悪書は無用なばかりか、積極的に害毒を流す」と、哲学者ショーペンハウアーは喝破した。なかんずく、人権を傷つける虚偽や悪意による言論の暴力は、活字文化に対する重大な冒涜だ。活字文化の腐敗は人間性の腐敗であり、活字文化の衰退は文明の衰退である。

・無名の尊き庶民を讃え宣揚することも、活字の持つ重要な使命であり、責任であると、私は思う一人である。

・本を開くことは、未来への扉を開くことだ

 

 

2006.10.17 山陽新聞

・若き生命にとって、古今の名作と親しむことが、どれほど大きな人生の財産となることか。

・人間の精神は、文字によって鍛えられてきた。文字とは、人間の生命活動の一部、いな、生命そのものとさえ言えるのではないだろうか。

・命を賭して綴られた文字は、不滅の命を持つ。真剣なる人生の格闘が凝結した名著には、人類を益する力が込められている。

 幾世紀の風雪を超えた書物の生命力は、試練と戦う人間を励まし、その生命力を奮い起こす。

・「読む」ことが、いかに崇高なる意味を持つか。文字・活字文化は、無量の価値を持つ人類の宝である。ゆえに、文字文化の停滞、すなわち「読む力」「書く力」の衰退とは、人間と文明の創造性の衰退にほかならないであろう。

・活字文化は、未来の命運を担い立つ聖業といってよい。

 

 

2004.3.7 新潟日報

・書籍は歴史の母である。

・良書は、精神の豊かな滋養となる。

・悪書は社会を根っこから蝕む。

・魂が打ち震えるような読書体験をもつ青春は、なんと幸福であろうか。

・子供を読書好きにする秘訣は、大人自身が一緒に本を読むことだ。

・本を開くことは、未来を開くことだ。

 

 

2003.5.29 神奈川新聞

・ルネサンス(再生)は読書から生まれる。レオナルド・ダ・ビンチも、ミケランジェロもルネサンスの巨匠は、皆、第一級の読書家であった。古典の読破なくして、あの絢爛(けんらん)たる創造力の開花はなかったに違いない。活字文化の復興は、即、文芸の復興であり、そして人間精神の復興である。

・読書の真価は、逆境にこそ一段と光る。

・人生も社会も、常に行き詰まりとの闘いだ。読書は、停滞を打ち破り行く、最も身近にして強力な知恵のエネルギー源でもある。

・いかに貴重な精神遺産も、活字を通して次代へ受け継がれなければ、価値は失われる。良質な真実の言論こそ、社会の健全性のバロメーターだ。

・活字文化の復興には、大人がまず手本を示すことが欠かせまい。

・読書は、平和と人間性の向上のために、誰もができる冒険ではないだろうか。

・一日に五分でもいい、一頁でもいい。良書を開き、赫々たる生命の光線に触れていきたいものである。そこから、自分自身のルネサンスの旭日が昇り、二十一世紀のルネサンスの暁鐘が鳴り響くからだ。

 

 

2002.10.31    聖教新聞 随筆 新・人間革命 『読書週間に寄せて』

・当時は苦しい思いをしたが、第一級の教育者から薫陶を受け、読書を実践したがゆえに、今はそのおかげで、第一級の人生を名実ともに歩むことができたと、感謝に堪えない。

・「読書の秋」である。この一言は、東洋の伝統的な良風であり、人間の世界を豊かにしてくれる。その美しい響きは、我々の脳裏から離れない。

・良き本を読むことは、良き人生を創り、良き人生を生きていくことである。

 

2002.10.19 聖教新聞 随筆 新・人間革命 『読書の力』

・出版文化、活字文化は、いよいよ重要性を増している。

・青少年の周囲から本が消えてしまえば、魂の滋養が失われ、未来の精神文化の大地は砂漠の世界になってしまう。

・今、私たちは、活字文化の危機という“現代の挑戦”に直面している。教育界も、出版会も、言論界も、一丸となって応戦する時であろう。ここに、非暴力と平和の重大な精神闘争があるからだ。

 

2002.8.31 下越新聞

・コミュニケーション不全の社会に対話を復活させるには、まず言葉に精神性、宗教性の生気を吹き込み、活性化させていかなければならない。その活性化のための最良、最強の媒体となるのが、古典や名作などの良書ではないでしょうか。

・私の経験に照らしても、若いころから古典や名作に親しむ習慣をつけるということは、後々にいたるまで、計り知れない財産となっていくものです。

・今、なぜ読書なのかといえば、第一に、それは読書経験が、ある意味で人生の縮図を成しているからです。

・古典や名作は、ダイジェスト本や結論だけを要約したものを読んで事を済ますわけには、決していきません。苦しく困難な登はん作業にも似た格闘を経て、初めて血肉となるのが良書です。

・ひとり机に向かっての読書もそれなりの意味をもちますが、習慣化とういう意味からも、友人や教師と一緒に、意見を交わしながらの読書経験は、一層意義深さを増すに違いない。

・人生の達人であった恩師の言々句々から学んだことは、本との付き合い方は、人間の付き合い方と同じことであり、良書に触れることは、良き師、良き友をもつことと変わるものではないという貴重な教訓でした。

・今、なぜ読書か。その第二の意義として、蓄えられた読書経験は、巷にあふれ返るバーチャル・リアリティー(仮想現実)のもたらす悪影響から魂を保護するバリアー(障壁)となってくれるでしょう。

・第三の意義として、読書は青少年のみならず、大人たちにとっても、日常性に埋没せず、人生の来し方行く末を熟慮するよいチャンスとなるでしょう。

・いくら“活字離れ”がいわれても、否“活字離れ”の時代であればあるほど、私は、時代に抗して、古典や名作と一度も本気で格闘したことのない青春は、なんと寂しく、みすぼらしいものかと訴えておきたいのであります。